札幌がジャズの街になる サッポロシティジャズ サッポロ・シティ・ジャズ 2008
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アーティスト紹介

矢印 Opening Live 矢印 White Rock Music Tent Live 矢印 North JAM Session'08
  オープニングライブ   ホワイトロックミュージックテントライブ   ノースジャムセッション'08

Opening Live

秋吉敏子 ピアノトリオ

日本が誇る世界的ジャズ・アーティスト。
ジャズ・ピアニスト、バンドリーダー、作曲家。

1929年12月12日旧満州の遼陽に生まれる。日本に引き揚げ後、1946年より九州の駐留軍クラブでジャズ演奏を始める。
1949年に上京、当時の日本のトップグループでピアノ演奏。51年に渡辺貞夫を加え、コージー・カルテットを結成。
1953年ノーマン・グランツ来日時に、その卓越したピアノをオスカー・ピーターソンに認められ、グランツの手で初録音を果たしアメリカのジャズ・シーンに紹介され注目を浴びる。  
1956年1月バークリー音楽院に奨学生として渡米。56年、57年とニューポート・ジャズ・フェスティバルにも出演、一躍注目される存在となる。
1959年チャーリー・マリアーノ(alt sax)と結婚し、Monday 満ちるをもうける。以後チャーリー・マリアーノ、チャールス・ミンガス、ルー・タバキン(サックス奏者、現夫)らと活動。73年にトシコ・アキヨシ・ジャズオーケストラ・フィーチャリング・ルー・タバキンを結成。


数々の名演、名盤を世に残し、人気と地位を獲得していった。代表作としての74年発表の『孤軍』、76年の『インサイツ』などは、モダン・ジャズの金字塔として世界中で評価されている。
1997年秋、紫綬褒章授章、2004年、旭日賞受賞、国際交流基金賞受賞、朝日賞受賞。
1999年日本人で始めて『国際ジャズ名声の殿堂(International Jazz Hall of Fame)』入り。2003年11月、30年間続けたJazz Orchestraを解散し、原点であるピアニストの活動を再開。
2006年10月6日、アメリカ国立芸術基金(NEA)ジャズマスター賞を受賞。(授賞式は07年1月)。
2006年12月4日に音楽生活60周年(渡米50年)を記念して自身のビックバンドを率いて東京・サントリーホールで記念チャリティーコンサートを行う予定。現在もN.Yを拠点に活動中。


さらに同日、2006年12月4日には、自身としては初のシングル「HOPE・希望」をリリース。日本を代表する詩人、谷川俊太郎が詩を書き下ろし、秋吉敏子の愛娘でありシンガーのMonday満ちるがヴォーカルを担当。一貫して反戦、反原爆へのメッセージを伝え続ける秋吉敏子の平和への祈りがまた新たな名曲を生み出しました。
2006年12月、第48回日本レコード大賞特別賞受賞。

2007年1月12日、ニューヨークにて、NEAジャズマスターズ賞、授賞。

 

<Mark Taylor (ds) マーク・テイラー>

イギリス出身 5才からドラムを始め16才でプロ入り。
ロンドン在住中はアメリカから来る有名なジャズミュージシャンたちと共演。
秋吉さんの夫君ルー・タバキンとも度々演奏し、彼のすすめで1995年ニューヨークへ移住。
影響を受けたミュージシャンは、アートブレーキー、マックスローチ、フィリージョー、ビリーヒギンズなど。現在は、ルー・タバキン国際トリオ、秋吉敏子トリオで活躍。
最近は、日本の椎名誠とも演奏している。

 

<Paul Gill (b) ポール・ギル>

メリーランド出身。長年秋吉敏子ジャズオーケストラに所属。それ以前はダイアナクラールの伴奏等で活躍。堅実なプレーヤーで アルコソロも見事である。


秋吉敏子 オフィシャルホームページ<http://www.crownrecord.co.jp/artist/akiyoshi/whats.html

White Rock Music Tent Live


TRIX

『元カシオペアのドラマー熊谷徳明』、『元T-SQUAREのベーシスト須藤満』というJフュージョン界屈指のリズム隊を中心に『SUPERキーボーディスト窪田宏』、『新進気鋭のギタリス
ト平井武士』の4人からなる話題のハイパーテクニカルフュー
ジョンバンド『TRIX』。

 

2001年9月京都RAGで行われた「須藤満ウルトラセッション」で熊谷、須藤、窪田の3人が出会い意気投合し、同年12月には六本木Pit Innで「窪田宏LIVE」、2002年からは「熊谷徳明Special Fusion Live」など名義は違うものの同じメンバーでライブやツアーを重ねる。随所に超絶技巧を織り交ぜた独自の楽曲センスと親しみやすいコミカルな面もアピールした新しい感覚のステージ ングでファンを獲得し、2004年 平井武士が加入し正式にTRIXを結成、キング レコードよりデビュー 。

メンバー全員客席乱入、曲に合わせ たオリジナル「空中カツラ」装着等、前代未聞のパフォーマ ンスや独自のポップ・フィーリング溢れるキャッチーな楽曲 とテクニカルな演奏の融合でJフュージョン界に新風を巻き起こしている。


TRIX オフィシャルホームページ

 熊谷 徳明<http://homepage2.nifty.com/ost-noriaki/

 須藤 満<http://www1.tmtv.ne.jp/~sutoh/

 窪田 宏<http://www.yamaha-mf.or.jp/el-player/kubota/index.html

 平井 武士<http://jetism.net/

 (オープニングアクト)ウエッジソール<http://jp.myspace.com/wedgesoul



JUJU

12歳の頃よりJAZZ SINGERを志し、日本にて音楽活動を重ねるも18歳で単身渡米。世界の音楽の中心で、様々なジャンルのサウンドを咀嚼して生み出す独自性を確立。

2004年8月25日にシングル曲「光の中へ」でデビュー。

2006年11月22日リリースのシングル「奇跡を望むなら...」が、2007年度 USEN年間総合チャートランキング1位を獲得し、着うた30万DLの異例とも言える超ロングヒットを記録。2007年10月10日には待望の1st full album「Wonderful Life」をリリース。スマッシュヒットをし、話題をさらう。


現在拠点を置いているNYでは、ストリートブランドのマネージャーを現在も務め、2007年には自身のブランドもスタートしている。


JUJU オフィシャルホームページ <www.jujunyc.net


大野
大野俊三 Quartet

大野俊三(Tp)
秋田慎治(Pf / key)
井上陽介(Bs)
小山太郎(Dr)

大野俊三

<トランペッター・コンポーザー・アレンジャー>
1949年岐阜県出身。

1974年にアート・ブレイキーの誘いでニューヨークへ渡り、アート・ブレイキーやロイ・ヘインズとの共演の後、ノーマン・コナーズのダンス・オブ・マジックに参加して、3年間にわたり世界ツアーを行う。 その間、ノーマン・コナーズとのレコーディングでは、ミリオンセラーとなったアルバム「ユー・アー・マイ・スターシップ」にフューチャーされた『バブル ス』の作曲・編曲をまかされ、ノーマン自身がリリースした『バブルス』のシングルレコードもゴールド・ディスクとなった。
また、マチート&アフロキューバンズの一員としてアメリカ国内はもとより、欧州や南米ツアーにも参加。大野のソロをフューチャーしたアルバム「マチート・アンド・ヒズ・サルサ・ビッグ・バンド」は1984年度グラミー賞に輝いた。
1983年よりギル・エヴァンス・オーケストラに参加し、アルバム「ライブ・アット・スウィート・ベイジル」で2度目のグラミー賞を獲得。
1988年に交通事故に巻き込まれ、唇を切り、前歯を折るなどトランペッターとして致命的な危機に陥るが、強靭な精神力で見事に復活。バスター・ウィリアムスのクインテットに迎えられ活動を再開。
更に、1996年には扁桃ガンを除去する大手術を受け、片側の唾液腺と神経を除去、再びトランペッターとしての致命的傷害を受けた。しかし大野の不撓不屈の挑戦により、楽器を一から始める状態から、演奏活動を再開できるまでになった。
このドラマは、2000年3月、フジTV「北野タケシのアンビリバボー」でも紹介された。
1998年の後半から1999年にかけて、ウェイン・ショーターとも共演しており、1998年11月に行われたウェイン・ショーターのジャパン・ツアーの一員としても来日し、好評を博した。
1999年ギタリストのラリー・コリエルのワールド・ツアーに参加。


大野俊三 オフィシャルホームページ<http://www.shunzoohno.com/jp/


jaja

メンバー

秋山幸男(S-SAX)
市村 浩(B)
高島基博(Ds)
西沢 譲(G)

ストリートを中心にライブ活動を続け、2005年、現在のメンバーになる。ジャズ、フュージョンのテイストを持ちつつも大衆に馴染みやすいインストゥルメンタル・ポップバンド。個性的なソプラノサックスの音と印象的なメロディーは日本を始めアジア各国に波及し7カ国でCDデビュー。韓国、マレーシア、タイのジャズフェスティバル等にも出演。
2006年WHDエンタテイメントよりメジャーデビューし「jaja」「I Love You」2枚のアルバムを発売する。2ndアルバムは、7つのグラミー賞を受賞している重鎮エンジニアRoger Nichols 氏を迎えレコーディング。また、「冬のソナタ」チェリン役の韓国女優パク・ソルミがアルバムタイトル曲のピアノ演奏やPVにも参加するなど話題を呼ぶ。11月から全国11ヶ所のツアーを成功させ、12月には“2006アドリブ・アワード”「国内ニュー・スター賞」を受賞。
2007年8月待望の3rdアルバム「Blue Sky Blue」を発売、秋には全国20ヶ所の「ブルー・スカイ・ブルー・ツアー」を行い各地に存在感を知らしめた。ツアー最終日のBlues Allay Japanにてライブレコーディングを敢行。12月には“2007アドリブ・アワード”「国内ジャズ・フュージョン賞」を2年連続で受賞。
2008年2月20日、1ステージ完全燃焼のライブ模様を収録したベスト・チューンを収録した「Live! The Best」が発売され、ライブバンドの真骨頂が大きく評価される。春には、豪華客船飛鳥IIの上海クルーズ及び世界1周シンガポール迄のクルーズのエンタテインメントに参加。船客のシルバーエイジの方々をはじめクルーの方々にまで大喝采を受けた。

その他、BS Japan「Knowにシゲキ」キャンペーン・ソングや優香出演のCM「太田胃散A<錠剤>」なども手がけている。


jaja オフィシャルホームページ<http://www.jaja.fm


The Peter Appleyard Quartet
ピーター・アップルヤード(Vib,Per)
ジョン・シャーウッド(Pf)
ニール・スウェインソン(Bs)
テリー・クラーク(Dr)

ピーター・アップルヤードはミュージシャンとして63年のキャリアをもつ。ベニー・グッドマンとの8年のコラボをはじめ、ここ半世紀の偉大なジャズ・ミュージシャンとのスタジオ・レコーディング、クラブ、コンサートホールやTV出演などの仕事のほか、数多くのレコーディング等の実績を持つ。
ピーターはヨーロッパや日本のジャズ・フェスティバル、アメリカを基盤とした国際ツアーのオールスターであり、フランク・シナトラやエラ・フィッツガルド、ライオネル・ハンプトン、 メル・トーメ 、オスカー・ピーターソンのようなメジャーミュージシャンとの共演を果たしている。そして、彼は様々な交響楽団やバンドを40年以上にわたり導き、70年代・80年代のFMラジオで最も曲が流されるカナダ人アーティストである。
このような功績を残し、1992年ピーター・アップルヤードはカナダ最高の市民栄誉賞であるカナダ勲章を与えられたほか、同年にCBCドキュメンタリー番組「My Music」で彼が取り上げられた。さらに、1995年Sarasotaフェスティバルやコロラド・スプリング・ジャズ・パーティーにてミュージシャン名誉賞が与えられている。彼の率いるクインテッドは、多くのミュージシャン達から“クールなメロディーを奏でるマシーン”と称されている。


ザ・ピーター・アップルヤード オフィシャルホームページ<http://www.peterappleyardvibes.com/


ハクエイ・キム Trio

金伯英(hakuei kim) Pianist/ Composer/ Arranger

1975年5月6日、京都市に生まれる。

 

Jeff Curry(Bs)

大村亘(Dr)

5歳の頃からピアノを始める。
高校在学中にEmerson, Lake and Palmer等に影響を受けバンド活動を始め1994年には「ティーンズミュージックフェスティバル札幌」に於いて“ベストキーボーディスト”を受賞。

高校卒業後、オーストラリアSydney Conservatorium of Music, the University of Sydneyに入学。
シドニー大学音楽院ではECM等に作品を発表しているMike Nockに4年間師事、氏の音楽観に多大な影響を受け、同大学在学中には奨学金受賞。
11年に渡る滞在後帰国。

2005年5月、Debut アルバム「 Open the Green Door 」(ディスクユニオンDIW 631)発表。
Swing Journal「2005年度 ジャズ・ディスク大賞」の候補作になる。
フランスのジャズ専門誌「JAZZMAN」の2005年12月号で4つ星の評価を受ける。
“正真正銘の「新星」がリーダーを務めたファーストアルバム…豊富なリズムのアイデアや、ダイナミクスと空白をプレイして動きと浮遊を交替させる身軽さは、Jacky TerrassonやStephen Scottの登場時を思い出さる…。この若者は比類なき才能と、例外的に授けられた音楽の素質を持ち合わせている。”(Alex Dutilh 、JAZZMAN 誌、Paris, France, December, 2005)

 

ハクエイ・キム オフィシャルホームページ<http://www.hakuei-piano.com/


8/1(金)秦 基博 AIR-G' Earth Friend's LIVE の入場整理券配布に関してのお知らせです

お問い合わせが殺到しておりますため、下記のとおり配布方法を一部変更いたします。

*当日午前 11 時より会場(ホワイトロックエントランス前)にて入場整理券を配布いたします。*ライブチケットを確認させていただきますので必ずお持ちください。

*チケットを複数枚お持ちの方でご希望の方には、枚数分(ご購入時の枚数分)の入場整理券をお渡しします

*入場整理券の番号順にご入場いただきますが、開場時刻の 17 : 30 までにお越しにならない場合、整理番号は無効となります。

*徹夜で並ぶことはお止めください。

 

秦 基博
1980年10月11日 生まれ

●2006年3月、Office Augustaに所属。
●2006年7月「Augusta Camp 2006」にオープニングアクトとして登場。一躍注目を集める存在となる。
●2006年11月8日 BMG JAPAN/オーガスタレコードより、デビューシングル「シンクロ」リリース。
全国43局のFMラジオのパワープレイに決定し、パワープレイ決定数の新記録を樹立する。
TBS系テレビ全国ネット「CDTV」11月度オープニングテーマ。
●2007年3月7日ミニアルバム「僕らをつなぐもの」をリリース。
名作バラード「僕らをつなぐもの」を表題曲とした全編セルフプロデュースのミニアルバムをリリース。
※「僕らをつなぐもの」日本テレビ系全国ネット ドラマ スペシャル「セレンディップの奇跡」主題歌
※「シンクロ(Album Ver.)」 WOWOW dramaW 「真夜中のマーチ」主題歌
●東京・大阪 招待制ワンマンLIVE開催
●2007年6月6日2nd Single「鱗(うろこ)」リリース
日本テレビ系「夏ドキュ! テージセー〜1461日の記憶〜」イメージソング

●2007年9月12日 3rd Single 「青い蝶」リリース

●東京・大阪有料クアトロワンマンLIVE!

●2007年9月26日 1st ALBUM「コントラスト」リリース
オリコンウィークリーチャート初登場5位を記録し、一躍ブレイク!

●初の全国7大都市ワンマンツアー
■2007年12月11日(火)東京SHIBUYA−AX
●古巣のF.A.Dにてスペシャル・ワンマンLIVE

秦 基博 オフィシャルホームページ<http://www.office-augusta.com/hata


Alison Wedding
アリソン・ウェディング (Vo)

“Sometimes I Feel”はあのヴォーカリストAlison WeddingのJazzheadデビュー作。彼女にとっては2004年のBell Awardsでベストオーストラリアンジャズヴォーカルアルバム賞を受賞した“The Secret”に続く第2弾となる。

 

歌手として天性の才能を持ったAlison Weddingだが、本格的に音楽を始めたのはテキサス州ダラスの高校でジャズの世界に出会ってから。ジャズのハーモニー、コード進行そしてリズムに魅了された彼女がありとあらゆるホーンプレーヤーや歌手の音楽を聴き始めたのもこの頃。当時彼女が影響を受けたミュージシャンにはElla Fitzgerald、Sarah Voughan, ホーンプレーヤーにはChet Baker、Miles Davis、 Freddie HubbardそしてMichael Breckerなどが挙げられている。Dave Alexanderの元で修行をし、Jamey Aebersoldのサマーワークショップへの参加を通してのめリこみ始めた即興は、今日では彼女の得意分野の一つ。「小さなホーンのアンサンブルの中へ放り込まれて彼らと同じように歌うことを要求されたのが良い経験になったわ」とAlisonはコメントしている。

 

ノーステキサス大学のParis Rutherfordの元でジャズを学び、大学を卒業する頃からプロとして歌い始めたAlison。彼女のもっとジャズを学びたいというハングリー精神はフロリダ州、東海岸、そしてオーストラリアへの移住へと彼女を導く。Dianne Reeves、 Dian Shuur、後期のJoe Williamsのバックボーカルを務め、Andy Summersのレコーディングにゲスト出演するなど数々の経験を積むこととなったこの旅が、彼女の音楽スタイルや表現力の視野を広げるきっかけとなる。

“Sometimes I Feel”はこれまで彼女の人生で培われたスタイル、影響を受けた物事やそれにまつわる感情を盛り込んだ一作。幅広い要素を含めながらバラエティに富んだ、かつまとまりのあるアルバムを作ることが最大のチャレンジだったと彼女は語る。

バンドにSam Keevers (キーボード)、Ben Robertson (ベース), Stephen Magnusson (ギター)、Dave Beck (ドラム) と多彩なミュージシャンを迎え、彼らのサポートによって”Pretty Soon”のサンバ、”Wackadoo Blues”のスウィング、”For Good”のソウル、”My Poor Hnads”のR&B、 その他様々なジャンルの曲調は見事なまとまりをみせている。膨大な練習とこれらミュージシャンによる演奏はAlisonに自身の曲に込められた感情を思い切り表現できる環境と安堵感を与え、彼女に「なによりも自分自身に素直になることで人々に感動を与えるレコーディングにしたかったの。リスクはあるけど、準備はできているわ」とまで言わせるに至っている。

Somerimes I FeelはJazzheadより発売中。

 

アリソン・ウェデイング オフィシャルホームページ<http://www.alisonwedding.com/


Orange pekoe
1998 年、大学の軽音楽部で意気投合したナガシマトモコ(ヴォーカル、作詞) と藤本一馬(ギター、作曲、編曲、プログラミング)により結成。

メロディアスな楽曲に、魂のこもった歌声を聴かせる二人は関西のカフェ、クラブを中心にライヴ活動を開始し、すぐさまDJ 、クリエイターらからも圧倒的な支持を得る。

その後インディーズでのリリースを経て、2002 年4 月シングル「Happy Valley 」でメジャー・デビュー。同年5 月にリリースした1st アルバム「Organic Plastic Music 」はオリコン初登場5 位を記録し35 万枚以上のヒット。現在までに通算4 枚のオリジナル・アルバムを発表し、ジャズ、ブラジル音楽、ソウルなど、さまざまなジャンルやワールド・ミュージックを独自に昇華したスタイルは高い評価を受けている。

また2004 年には全国ツアー・ファイナルをNHK ホールで行い好評を博すなど、ライブ・パフォーマンスにも定評がある。2007 年9 月、2 年ぶりにシングル「キラキラ」をリリース。

そして待望のアルバム「Wild Flowers 」を11月21日にリリースし、2008 年1 月には全国ツアーをスタートさせる。


orange-pekoe オフィシャルホームページ<http://www.orange-pekoe.com/

 

SOFFet
 

YoYo(80.8.19生れ/作詞・作曲・サウンドプロデュース)とGooF(80.6.28生れ/作詞)の2MCからなる男性スウィング・ラップ・ユニット。小学校6年からの友達である2人は、95年15才の時にSOFFetを結成、独学で作曲を始め、98年には若干17才で某メジャーレーベルの全国オーディションで見事最終審査まで突破。翌年、YoYoは渡米し、アメリカのバークリー音楽院にて修学。その間、GooFは日本でのライブ・制作を中心に音楽活動を続け、着実にファンを増やしてゆく。YoYoが帰国後、02年7月にミニ・アルバム「ソッフェのぽかぽかミュージック」をVIBLE RECORDからリリース。好調なセールスを記録し話題盤となり、03年3月、メジャー・デビュー・シングル「君がいるなら☆」を発売。同年8月にリリースの1stアルバム「Carnival」はオリコン・アルバム・チャートで初登場15位をマーク。04年8月リリースの2ndアルバム「SWINGIN’BROTHERS」では、ジャズ・クラシック・ロックと様々なジャンルを取り入れ、歌とラップを自由に行き来するオリジナリティー溢れるクオリティーの高い音楽性を示した。 05年8月にはSOFFet初のコラボレート・シングル「GOOD MORNIN' GOOD ROLLIN'」を佐藤竹善&SOFFet with "No Name Horses" Directed by Makoto Ozoneとしてリリース。SOFFet、佐藤竹善、小曽根真によるPOPS+HIP HOP+BIG BAND JAZZというノンジャンル・ノンカテゴリーのコラボレートを実現した。
その音楽にはアーティストからの評価も高く、04年の平井堅アルバム「SENTIMENTALovers」収録の「言わない関係」にコーラスでゲスト参加。後にその平井堅氏からの紹介でフジテレビ系「笑っていいとも!」のテレホンショッキングにゲスト出演した。さらには05年11月のCHEMISTRYアルバム「fo(u)r」収録曲「believin'」の作詞を担当、06年7月のSMAP最新アルバム「Pop Up! SMAP」では作詞・作曲「星空の下で」を楽曲提供。
06年8月30日にはrhythm zone移籍第1弾シングル「everlasting one」をリリース。共同Sound ProduceにFantastic Plastic Machineを迎え話題となったこの楽曲は全国FM局で好反応を呼び、週間OAチャート第1位を記録した。11月15日には珠玉のミディアム・バラード「Life」をリリース。この楽曲への高評価から、テレビ朝日系「MUSIC STATION」や2度目となるフジテレビ系「笑っていいとも!」テレフォンショッキングゲストをはじめ数々のTV番組に出演し、スマッシュヒットを記録。
07年1月17日には約2年半ぶりとなる3rdアルバム「ココロフィルムノート」をリリース。参加アーティストにスキマスイッチ, Fantastic Plastic Machine, 佐藤竹善/小曽根真/No Name Horses, GAGLEを迎え、ソッフェサウンドの最進化形とも言うべき楽曲群は傑作アルバムとして各方面からの話題も高まった。また5月末〜6月末にかけ、「エイジアエンジニア/SOFFet 〜TOUR’07〜」として全国19ヵ所にわたるエイジアエンジニアとのジョイントツアーを大盛況のうちに終了。
キングコング梶原雄太主演のドラマ風PVが話題となった7月18日リリースのシングル「Answer」は力強さ・メッセージ性のある歌詞と流麗なメロディでUSENの問い合わせが殺到し、リリースから約3ヶ月に渡りUSENチャートTOP20上位にランクインし続けロングセールスを記録。
11月14日にはSOFFet史上かつてない程に直球のラヴ・バラード「Love Story」をリリースし、12月にはそれを引っさげての「生はお好き? つあっ! つあっ! ツアー!!! ’07」(チケット即ソールドアウト)を大阪・東京にて開催。
その幅広い音楽性でのライブはDJスタイルからアコースティック、さらには自ら楽器を弾きながらラップをするというオリジナルなスタイルを持ち、上記ツアーからはSOFFetオフィシャルバックバンド【東京Junkastic Band】を結成するなど、生のセッション感溢れるSOFFet独自のエンターテインメントを追及している。


SOFFet オフィシャルホームページ<http://www.soffet.jp/


矢印 Opening Live 矢印 White Rock Music Tent Live 矢印 North JAM Session'08
  オープニングライブ   ホワイトロックミュージックテントライブ   ノースジャムセッション'08

North JAM Session'08

Candy dulfer

キャンディ・ダルファー

キャンディ・ダルファーは、1975年たった6歳のときに始めてサクソフォンを始めて以来、エリート・コースを歩んできた。30年後、そのスピードはまだ緩んでいない。

1969年オランダに生まれたダルファーは、音楽一家に育った。彼女の父Hans Dulferは有名なサクソフォン奏者で、有名なジャズ・クラブBimhausの設立者である。クラブは当初、芸術新興の目的で政府から助成金を得ていた。皮肉なことにHansは、新しいジャズのスタイルだったためにクラブから追い出された。父自身が確立を手助けしたジャズ・コミュニティが父を追放したことは、幼いキャンディに大きな影響を及ぼした。

「当時、子供ながらに、オランダ・ジャズ・シーンに裏切られたと感じた」と彼女は思い出す。「私は自分のやり方を貫こうと決心しました。私はR&Bも、ポップも、自分が感動できるものすべて演奏しよう、そしてそのあとに、子供のころに聴いたジャズが自分のやっていることに合うかどうか決めればいいと。だから正当なライブはやったことがないんです。とても制限されていると感じるので。」

 

14歳でFunky Stuffという自分のバンドを持った。5年後彼女のソロ・デビュー・アルバムSaxualityをレコーディングしたときも、この音楽ユニットはまだ損なわれていなかった。1990年リリースされたこのアルバムは、世界中で100万枚以上の売り上げを記録し、グラミー賞にもノミネートされた。アルバムの大成功に伴い、ダルファーとFunky Stuffは1990年代初期ワールド・ツアーに出た。その15年後、10枚のソロ・アルバムを出し、他のアーティストのアルバムに数え切れないほどゲスト参加したのち、彼女の世界中の旅はまだ続いている。

その間、ダルファーは多くの著名人と友達になった。彼女はPrinceの1990年の”Partyman”のビデオに出演し、同年公開されたGraffiti Bridgeのサウンドトラックに彼と一緒に参加している。1990年代後半から、Princeとは頻繁にツアーしており、最近では彼の2004年のMusicologyツアーにも参加している。彼女は彼の2006年のアルバム3121にも参加している。

その他、Dave Stewart (Eurythmics), Maceo Parker, Van Morrison, David Sanborn, Beyonce, Pink Floyd, Chaka Khan, Aretha Franklin, Blondie, Joey DeFrancescoなどと、コラボレートしている。明らかに彼女は、1つのジャンル、1つのスタイルに束縛されるアーティストではない。

「私のキャリアが順調だった理由のひとつは、育つ中で聴いてきた多くの音楽を、時には不可解にまでミックスしたからだと思います。ジャズとR&Bとハウス・ミュージックを自分のやっていることに取り入れることを、私は恐れたりしません。一部の人には、これはクレージーに聞こえるかもしれませんが、多くの人は気に入ってくれます」とダルファーは言う。

ダルファーはこのアプローチをCandy Storeにも適応している。同作は、彼女のヘッズ・アップからの初のリリースとなり、R&B、ポップ、ファンク、ヒップホップ、ラテンなどがミックスされている。

「父を除けば、私は本当に何でもありという目標に向かってやったオランダで初のミュージシャンの1人です」とダルファーは言う。「アメリカの音楽はアメリカ人が作り出したものだから、彼らほどうまくは演奏できません。でも、私はそれと自分自身の文化を合わせ、自分が一番楽しいと思える音楽を作ることができるのです。」


キャンディ・ダルファー オフィシャルホームページ<http://www.jvcmusic.co.jp/candydulfer/

熱帯ジャズ楽団
 

<熱帯JAZZ楽団 プロフィール>  

我が国のラテン音楽シーンをリードし続けて来たパーカッショニスト、プロデューサーのカルロス菅野が“オルケスタ・デ・ラ・ルス”を脱退後、日本のインストゥルメンタルシーンを代表するミュージシャンを一堂に集めスタートした、ラテン・ジャズ・ビッグ・バンド。
無機質な音楽が溢れている昨今、17人ものメンバーが創り出すパワフルなリズムとハーモニーは年齢を問わず幅広い観客を魅了する。17人の個性溢れるメンバーが“音楽はエンターテイメントだ!”をコンセプトに、ステージ上で正に縦横無尽に、懐かしのラテン名曲は勿論、ジャズ・ファンキー・オリジナルまでとびっきり熱いビッグバンドサウンドを繰り広げる。


現在、ビクターエンターテイメントより11枚のアルバムとDVDをリリース。バンドスコアブックも出版され、全国アマチュア・ビッグ・バンドや吹奏楽部の学生たちからも熱烈な支持を受けている。NYの「JVC JAZZ FESTIVAL」に2年連続出演するとともに、RMMレコードより3枚のアルバムを全米発売するなど、国内外を問わずワールドワイドに活躍中。
05年に結成10周年を迎え、2008年6月には、12枚目のアルバムをビクターより発売予定。

 <メンバーリスト>
 カルロス菅野 (Perc)
 神保彰 (Dr)
 森村献 (Pf)
 高橋ゲタ夫 (Bass)
 美座良彦 (Timb)
 斉藤恵 (Conga)
 佐々木史郎 (Tp1)
 鈴木正則 (Tp2)
 奥村晶 (Tp3)
 松島啓之(Tp4)
 中路英明 (Tb1)i
 青木タイセイ(Tb2)
 西田幹 (B.Tb)
 近藤和彦 (A.Sax1)
 藤陵雅裕 (A.Sax2)
 野々田万照 (T.Sax)
 宮本大路 (B.Sax)

 *一部メンバー変更の可能性もあります


熱帯JAZZ楽団 オフィシャルホームページ<http://www.jvcmusic.co.jp/nettai/


Will Calhoun & Stanley Jordan

Will Calhoun
ウィル・カルホーン(Dr,per)

1964年ブロンクス生まれ。バークリー音楽大学を経て、伝説的ブラック・ロック・バンド“リヴィング・カラー”に参加。その一方でセッション・ミュージシャンとしても活躍を続け、ミック・ジャガー、B.B.キング、バーニー・ウォーレル、ウェイン・ショーター、マーカス・ミラー等をサポート。「ローリング・ストーン」誌や「モダン・ドラマー・マガジン」誌でベスト・ドラマーに選ばれる。近年はソロ活動にも積極的に取り組み、モス・デフとの共同プロデュースによる最新アルバム『Native Lands』は世界的な反響を呼んだ。ジャズのセンス、ファンクのグルーヴ、ロックのエナジーを持ち合わせた文字通りのスーパー・ドラマーである。


ウィル・カルホーン オフィシャルホームページ
http://www.willcalhoun.com/

Stanley Jordan
スタンリー・ジョーダン(G)

1959年イリノイ州シカゴ生まれ。11歳でギターを始め、82年にニューヨークへ進出。ストリート・ミュージシャンとして活動を開始する。84年のクール・ジャズ祭(現JVCジャズ祭)でウィントン・マルサリス公演のオープニング・アクトに抜擢され、10本の指すべてを別個に動かしながらメロディ、ハーモニー、リズムを同時に表現する“タッピング奏法”を始めとする数々の超絶技巧で注目の的に。メジャー・デビュー作『Magic Touch』は1年間にわたりジャズ・ヒット・チャートの首位を独走し、「ジャズ・ギターの革命児」として評価を不動のものとした。現在もギターの可能性をストイックに追求し、常に革新的なサウンドに取り組み続けている。

スタンリー・ジョーダン オフィシャルホームページ<http://www.stanleyjordan.com/

The Shuffle Club
 

1999年メルボルンのミュージック・シーンに登場して以来,、The Shuffle Club は「最近耳にした最高のスウィング・バンド」しての評判を得ている。

 

Ashley Gaudion
(Vo,Sax)
Ashley は生まれてこの方、ローカルなそして国際的なジャズ・アーティストに囲まれてきた。非常に若い頃から歌い、サックスを吹いてきたAshley は才能溢れるカリスマ性をもったミュージシャンだ。有名なジャズトランペットプレーヤーPeter Gaudionの息子として、Ashは数多くのジャズ・ジャンルの演奏に自信をもち、オーストラリア最高のミュージシャン達と共演してきた。Ashleyは間違いなく洗練され、飛びぬけたサックスプレーヤー・ボーカリストだ。

 

Rodney Gilbert
(Vo,Dr)
Rod はどんな聴衆でも虜にできるという稀な才能の持ち主だ。彼のずば抜けたドラムの才能は、彼がドラムを演奏するところを見たもの全てが認めるところだ。トップ・ジャズ・ドラマーの一人として知られているが、Rodはドラム・スティックだけじゃなく、彼のブルースがかったエキサイティングな声でも高い評価を得ている。生まれながらのパフォーマー、Rod はどんな状況でも最高に上手くやってのける、そして時にはコメディアンのように。

 

Paul Griska
(Bs)
Paul はどんなスタイルにも完璧なフィーリングをもっている、飛びぬけたダブル・ベース・プレーヤーと見なされている。

バンドの鼓動として、Paul はベースに華麗なアプローチをみせ、クリエイティブでメロディアスな質感と、リズミカルで躍動感溢れるベースラインを紡ぎ出す。数多くの様々なジャンルに根ざし、Paul はメルボルンが誇る最も多彩で情熱溢れるベースプレーヤーだ。

 

Dannie Bourne
(Vo,Key)
Dannie は世界中で、エンターテイメントのあらゆる場面で活躍してきた〜時には演奏家、そして時には音楽監督として。Chuck Berry やJohnny O’Keefe のような面々と共演してきた。Dannieのハイ・エナジーのブギウギはThe Shuffle Clubのサウンドにハードでエキサイティングな切れ味を加えている。Dannieはそのパフォーマーとしての経験で、どんな聴衆でもたちまちに魅了する。

 

シャッフルクラブ オフィシャルホームページ<http://www.theshuffleclub.com

The UCLA Contemporary Jazz Le

「オリジナリティと創意に満ちた編曲とコンセプトだ。」ブルース・フォーマン(g)
「前向きでクリエイティブな音楽をよくこなしている。」ジェームス・マイリー(ピアニスト・作曲家)
「とても繊細で洗練されており、オリジナリティと元気にあふれている。古典と現代の組み合わせをよくかんがえており、これからの世代に貢献するだろう」ロベルト・ミランダ(bs)

 

UCLA コンテンポラリー・ジャズ・ラージ・アンサンブルを評して、国際的にも知られているキーボード奏者ジョージ・デュークは 「既成の音楽の境界に挑戦し、超えることができる若いミュージシャン達だ。」と語った。
グループは現代の作曲家達やバンドメンバーによる新曲を演奏するために2006年の秋に結成された。伝説的なギターリスト、ケニー・バレルの指導の下に、21人の大学生と大学院生が参加している。

 

アンサンブルは、多少実験的な楽器編成になっている。デューク・エリントン・オーケストラと同じサイズのホーンセクションを基本に、リズム・セクションはハモンドB-3、ピアノ、エレキベース、ギター、ハープ、ドラムセット2台、その他様々な通常以外のパーカッションも使用している。

2007年にはモントレー・ジャズ・フェスティバルにおいて、世界中から応募した大学のジャズバンドの中から、ファイなりストの6つのバンドのひとつとして残り演奏した。

UCLA、UC Berkeley、Monterey Jazz Festivalなどのフェスティバルイベント、また The Jazz Bakeryのようなライブハウスで演奏するだけでなく、各地の高校を訪れ演奏活動もしている。新しい音楽や、それに対する考え方を多くの人たちと共有することを活動目的としている。

バンドメンバーは、すべてカリフォルニア、特にロサンジェルス、サンフランシスコ・ベイエリア出身。多くのメンバーはすでにミュージシャンとして米国内で活動をしている。

リーダーでトロンボーン奏者のニック・デピーナはUCLAを民族音楽部・ジャズ科と音楽部作曲家のダブル専攻で卒業し、現在は大学院で作曲を選考中。
ケネディ・センターのベティー・カーター・ジャズ・アヘッド・ハーフォーマーズ・レジデンシーに選ばれ、ニューヨークで催されるデューク・エリントン・コンペテションにおいて、最優秀トロンボーン賞を2年連続で受賞している。
現在は、ケニー・バレルのジャズ・ヘリテージ・オールスターの一員。

同じくリーダーでサックス担当の大羽ひとみも、UCLAジャズ科の卒業生で、現在は大学院で作曲を選考中、ダウンビート・スチューデント作曲賞、NFAAの作曲賞を受賞。最近では2007年モントレー・ジャズ・フェスティバルネクスト・ジェネレーション・コンペティションにおいてソロイスト賞を受賞。初のソロアルバム「ファースト・フライト」(M&I)が日本で2007年夏にリリースされている。


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