| Opening Live | White Rock Music Tent Live | North JAM Session'08 | |||
| オープニングライブ | ホワイトロックミュージックテントライブ | ノースジャムセッション'08 |
1929年12月12日旧満州の遼陽に生まれる。日本に引き揚げ後、1946年より九州の駐留軍クラブでジャズ演奏を始める。
2007年1月12日、ニューヨークにて、NEAジャズマスターズ賞、授賞。
<Mark Taylor (ds) マーク・テイラー> イギリス出身 5才からドラムを始め16才でプロ入り。
<Paul Gill (b) ポール・ギル> メリーランド出身。長年秋吉敏子ジャズオーケストラに所属。それ以前はダイアナクラールの伴奏等で活躍。堅実なプレーヤーで アルコソロも見事である。 秋吉敏子 オフィシャルホームページ<http://www.crownrecord.co.jp/artist/akiyoshi/whats.html> |
|||
『元カシオペアのドラマー熊谷徳明』、『元T-SQUAREのベーシスト須藤満』というJフュージョン界屈指のリズム隊を中心に『SUPERキーボーディスト窪田宏』、『新進気鋭のギタリス
2001年9月京都RAGで行われた「須藤満ウルトラセッション」で熊谷、須藤、窪田の3人が出会い意気投合し、同年12月には六本木Pit Innで「窪田宏LIVE」、2002年からは「熊谷徳明Special Fusion Live」など名義は違うものの同じメンバーでライブやツアーを重ねる。随所に超絶技巧を織り交ぜた独自の楽曲センスと親しみやすいコミカルな面もアピールした新しい感覚のステージ ングでファンを獲得し、2004年 平井武士が加入し正式にTRIXを結成、キング レコードよりデビュー 。 メンバー全員客席乱入、曲に合わせ たオリジナル「空中カツラ」装着等、前代未聞のパフォーマ ンスや独自のポップ・フィーリング溢れるキャッチーな楽曲 とテクニカルな演奏の融合でJフュージョン界に新風を巻き起こしている。 TRIX オフィシャルホームページ 熊谷 徳明<http://homepage2.nifty.com/ost-noriaki/> 須藤 満<http://www1.tmtv.ne.jp/~sutoh/> 窪田 宏<http://www.yamaha-mf.or.jp/el-player/kubota/index.html> 平井 武士<http://jetism.net/> (オープニングアクト)ウエッジソール<http://jp.myspace.com/wedgesoul> |
|
|
12歳の頃よりJAZZ SINGERを志し、日本にて音楽活動を重ねるも18歳で単身渡米。世界の音楽の中心で、様々なジャンルのサウンドを咀嚼して生み出す独自性を確立。 2004年8月25日にシングル曲「光の中へ」でデビュー。 2006年11月22日リリースのシングル「奇跡を望むなら...」が、2007年度 USEN年間総合チャートランキング1位を獲得し、着うた30万DLの異例とも言える超ロングヒットを記録。2007年10月10日には待望の1st full album「Wonderful Life」をリリース。スマッシュヒットをし、話題をさらう。
JUJU オフィシャルホームページ <www.jujunyc.net> |
|
1974年にアート・ブレイキーの誘いでニューヨークへ渡り、アート・ブレイキーやロイ・ヘインズとの共演の後、ノーマン・コナーズのダンス・オブ・マジックに参加して、3年間にわたり世界ツアーを行う。
その間、ノーマン・コナーズとのレコーディングでは、ミリオンセラーとなったアルバム「ユー・アー・マイ・スターシップ」にフューチャーされた『バブル ス』の作曲・編曲をまかされ、ノーマン自身がリリースした『バブルス』のシングルレコードもゴールド・ディスクとなった。 大野俊三 オフィシャルホームページ<http://www.shunzoohno.com/jp/> |
|||
ストリートを中心にライブ活動を続け、2005年、現在のメンバーになる。ジャズ、フュージョンのテイストを持ちつつも大衆に馴染みやすいインストゥルメンタル・ポップバンド。個性的なソプラノサックスの音と印象的なメロディーは日本を始めアジア各国に波及し7カ国でCDデビュー。韓国、マレーシア、タイのジャズフェスティバル等にも出演。 その他、BS Japan「Knowにシゲキ」キャンペーン・ソングや優香出演のCM「太田胃散A<錠剤>」なども手がけている。
|
|||
ピーター・アップルヤードはミュージシャンとして63年のキャリアをもつ。ベニー・グッドマンとの8年のコラボをはじめ、ここ半世紀の偉大なジャズ・ミュージシャンとのスタジオ・レコーディング、クラブ、コンサートホールやTV出演などの仕事のほか、数多くのレコーディング等の実績を持つ。 ザ・ピーター・アップルヤード オフィシャルホームページ<http://www.peterappleyardvibes.com/> |
||||
5歳の頃からピアノを始める。 高校卒業後、オーストラリアSydney Conservatorium of Music, the University of Sydneyに入学。 2005年5月、Debut アルバム「 Open the Green Door 」(ディスクユニオンDIW 631)発表。
ハクエイ・キム オフィシャルホームページ<http://www.hakuei-piano.com/> |
|||
|
|||
●2006年3月、Office Augustaに所属。 ●2007年9月12日 3rd Single 「青い蝶」リリース ●東京・大阪有料クアトロワンマンLIVE! ●2007年9月26日 1st ALBUM「コントラスト」リリース ●初の全国7大都市ワンマンツアー 秦 基博 オフィシャルホームページ<http://www.office-augusta.com/hata> |
|||
“Sometimes I Feel”はあのヴォーカリストAlison WeddingのJazzheadデビュー作。彼女にとっては2004年のBell Awardsでベストオーストラリアンジャズヴォーカルアルバム賞を受賞した“The Secret”に続く第2弾となる。
歌手として天性の才能を持ったAlison Weddingだが、本格的に音楽を始めたのはテキサス州ダラスの高校でジャズの世界に出会ってから。ジャズのハーモニー、コード進行そしてリズムに魅了された彼女がありとあらゆるホーンプレーヤーや歌手の音楽を聴き始めたのもこの頃。当時彼女が影響を受けたミュージシャンにはElla Fitzgerald、Sarah Voughan, ホーンプレーヤーにはChet Baker、Miles Davis、 Freddie HubbardそしてMichael Breckerなどが挙げられている。Dave Alexanderの元で修行をし、Jamey Aebersoldのサマーワークショップへの参加を通してのめリこみ始めた即興は、今日では彼女の得意分野の一つ。「小さなホーンのアンサンブルの中へ放り込まれて彼らと同じように歌うことを要求されたのが良い経験になったわ」とAlisonはコメントしている。
ノーステキサス大学のParis Rutherfordの元でジャズを学び、大学を卒業する頃からプロとして歌い始めたAlison。彼女のもっとジャズを学びたいというハングリー精神はフロリダ州、東海岸、そしてオーストラリアへの移住へと彼女を導く。Dianne Reeves、 Dian Shuur、後期のJoe Williamsのバックボーカルを務め、Andy Summersのレコーディングにゲスト出演するなど数々の経験を積むこととなったこの旅が、彼女の音楽スタイルや表現力の視野を広げるきっかけとなる。 “Sometimes I Feel”はこれまで彼女の人生で培われたスタイル、影響を受けた物事やそれにまつわる感情を盛り込んだ一作。幅広い要素を含めながらバラエティに富んだ、かつまとまりのあるアルバムを作ることが最大のチャレンジだったと彼女は語る。 バンドにSam Keevers (キーボード)、Ben Robertson (ベース), Stephen Magnusson (ギター)、Dave Beck (ドラム) と多彩なミュージシャンを迎え、彼らのサポートによって”Pretty Soon”のサンバ、”Wackadoo Blues”のスウィング、”For Good”のソウル、”My Poor Hnads”のR&B、 その他様々なジャンルの曲調は見事なまとまりをみせている。膨大な練習とこれらミュージシャンによる演奏はAlisonに自身の曲に込められた感情を思い切り表現できる環境と安堵感を与え、彼女に「なによりも自分自身に素直になることで人々に感動を与えるレコーディングにしたかったの。リスクはあるけど、準備はできているわ」とまで言わせるに至っている。 Somerimes I FeelはJazzheadより発売中。
アリソン・ウェデイング オフィシャルホームページ<http://www.alisonwedding.com/> |
|||
![]() |
||||||
メロディアスな楽曲に、魂のこもった歌声を聴かせる二人は関西のカフェ、クラブを中心にライヴ活動を開始し、すぐさまDJ 、クリエイターらからも圧倒的な支持を得る。 その後インディーズでのリリースを経て、2002 年4 月シングル「Happy Valley 」でメジャー・デビュー。同年5 月にリリースした1st アルバム「Organic Plastic Music 」はオリコン初登場5 位を記録し35 万枚以上のヒット。現在までに通算4 枚のオリジナル・アルバムを発表し、ジャズ、ブラジル音楽、ソウルなど、さまざまなジャンルやワールド・ミュージックを独自に昇華したスタイルは高い評価を受けている。 また2004 年には全国ツアー・ファイナルをNHK ホールで行い好評を博すなど、ライブ・パフォーマンスにも定評がある。2007 年9 月、2 年ぶりにシングル「キラキラ」をリリース。 そして待望のアルバム「Wild Flowers 」を11月21日にリリースし、2008 年1 月には全国ツアーをスタートさせる。 orange-pekoe オフィシャルホームページ<http://www.orange-pekoe.com/>
YoYo(80.8.19生れ/作詞・作曲・サウンドプロデュース)とGooF(80.6.28生れ/作詞)の2MCからなる男性スウィング・ラップ・ユニット。小学校6年からの友達である2人は、95年15才の時にSOFFetを結成、独学で作曲を始め、98年には若干17才で某メジャーレーベルの全国オーディションで見事最終審査まで突破。翌年、YoYoは渡米し、アメリカのバークリー音楽院にて修学。その間、GooFは日本でのライブ・制作を中心に音楽活動を続け、着実にファンを増やしてゆく。YoYoが帰国後、02年7月にミニ・アルバム「ソッフェのぽかぽかミュージック」をVIBLE RECORDからリリース。好調なセールスを記録し話題盤となり、03年3月、メジャー・デビュー・シングル「君がいるなら☆」を発売。同年8月にリリースの1stアルバム「Carnival」はオリコン・アルバム・チャートで初登場15位をマーク。04年8月リリースの2ndアルバム「SWINGIN’BROTHERS」では、ジャズ・クラシック・ロックと様々なジャンルを取り入れ、歌とラップを自由に行き来するオリジナリティー溢れるクオリティーの高い音楽性を示した。 05年8月にはSOFFet初のコラボレート・シングル「GOOD MORNIN' GOOD ROLLIN'」を佐藤竹善&SOFFet with "No Name Horses" Directed by Makoto Ozoneとしてリリース。SOFFet、佐藤竹善、小曽根真によるPOPS+HIP HOP+BIG BAND JAZZというノンジャンル・ノンカテゴリーのコラボレートを実現した。 SOFFet オフィシャルホームページ<http://www.soffet.jp/> |
||||||
| Opening Live | White Rock Music Tent Live | North JAM Session'08 | |||
| オープニングライブ | ホワイトロックミュージックテントライブ | ノースジャムセッション'08 |
キャンディ・ダルファーは、1975年たった6歳のときに始めてサクソフォンを始めて以来、エリート・コースを歩んできた。30年後、そのスピードはまだ緩んでいない。 1969年オランダに生まれたダルファーは、音楽一家に育った。彼女の父Hans Dulferは有名なサクソフォン奏者で、有名なジャズ・クラブBimhausの設立者である。クラブは当初、芸術新興の目的で政府から助成金を得ていた。皮肉なことにHansは、新しいジャズのスタイルだったためにクラブから追い出された。父自身が確立を手助けしたジャズ・コミュニティが父を追放したことは、幼いキャンディに大きな影響を及ぼした。 「当時、子供ながらに、オランダ・ジャズ・シーンに裏切られたと感じた」と彼女は思い出す。「私は自分のやり方を貫こうと決心しました。私はR&Bも、ポップも、自分が感動できるものすべて演奏しよう、そしてそのあとに、子供のころに聴いたジャズが自分のやっていることに合うかどうか決めればいいと。だから正当なライブはやったことがないんです。とても制限されていると感じるので。」
14歳でFunky Stuffという自分のバンドを持った。5年後彼女のソロ・デビュー・アルバムSaxualityをレコーディングしたときも、この音楽ユニットはまだ損なわれていなかった。1990年リリースされたこのアルバムは、世界中で100万枚以上の売り上げを記録し、グラミー賞にもノミネートされた。アルバムの大成功に伴い、ダルファーとFunky Stuffは1990年代初期ワールド・ツアーに出た。その15年後、10枚のソロ・アルバムを出し、他のアーティストのアルバムに数え切れないほどゲスト参加したのち、彼女の世界中の旅はまだ続いている。 その間、ダルファーは多くの著名人と友達になった。彼女はPrinceの1990年の”Partyman”のビデオに出演し、同年公開されたGraffiti Bridgeのサウンドトラックに彼と一緒に参加している。1990年代後半から、Princeとは頻繁にツアーしており、最近では彼の2004年のMusicologyツアーにも参加している。彼女は彼の2006年のアルバム3121にも参加している。 その他、Dave Stewart (Eurythmics), Maceo Parker, Van Morrison, David Sanborn, Beyonce, Pink Floyd, Chaka Khan, Aretha Franklin, Blondie, Joey DeFrancescoなどと、コラボレートしている。明らかに彼女は、1つのジャンル、1つのスタイルに束縛されるアーティストではない。 「私のキャリアが順調だった理由のひとつは、育つ中で聴いてきた多くの音楽を、時には不可解にまでミックスしたからだと思います。ジャズとR&Bとハウス・ミュージックを自分のやっていることに取り入れることを、私は恐れたりしません。一部の人には、これはクレージーに聞こえるかもしれませんが、多くの人は気に入ってくれます」とダルファーは言う。 ダルファーはこのアプローチをCandy Storeにも適応している。同作は、彼女のヘッズ・アップからの初のリリースとなり、R&B、ポップ、ファンク、ヒップホップ、ラテンなどがミックスされている。 「父を除けば、私は本当に何でもありという目標に向かってやったオランダで初のミュージシャンの1人です」とダルファーは言う。「アメリカの音楽はアメリカ人が作り出したものだから、彼らほどうまくは演奏できません。でも、私はそれと自分自身の文化を合わせ、自分が一番楽しいと思える音楽を作ることができるのです。」 キャンディ・ダルファー オフィシャルホームページ<http://www.jvcmusic.co.jp/candydulfer/> |
||||||
<熱帯JAZZ楽団 プロフィール> 我が国のラテン音楽シーンをリードし続けて来たパーカッショニスト、プロデューサーのカルロス菅野が“オルケスタ・デ・ラ・ルス”を脱退後、日本のインストゥルメンタルシーンを代表するミュージシャンを一堂に集めスタートした、ラテン・ジャズ・ビッグ・バンド。
熱帯JAZZ楽団 オフィシャルホームページ<http://www.jvcmusic.co.jp/nettai/> |
||||||
1964年ブロンクス生まれ。バークリー音楽大学を経て、伝説的ブラック・ロック・バンド“リヴィング・カラー”に参加。その一方でセッション・ミュージシャンとしても活躍を続け、ミック・ジャガー、B.B.キング、バーニー・ウォーレル、ウェイン・ショーター、マーカス・ミラー等をサポート。「ローリング・ストーン」誌や「モダン・ドラマー・マガジン」誌でベスト・ドラマーに選ばれる。近年はソロ活動にも積極的に取り組み、モス・デフとの共同プロデュースによる最新アルバム『Native Lands』は世界的な反響を呼んだ。ジャズのセンス、ファンクのグルーヴ、ロックのエナジーを持ち合わせた文字通りのスーパー・ドラマーである。
1959年イリノイ州シカゴ生まれ。11歳でギターを始め、82年にニューヨークへ進出。ストリート・ミュージシャンとして活動を開始する。84年のクール・ジャズ祭(現JVCジャズ祭)でウィントン・マルサリス公演のオープニング・アクトに抜擢され、10本の指すべてを別個に動かしながらメロディ、ハーモニー、リズムを同時に表現する“タッピング奏法”を始めとする数々の超絶技巧で注目の的に。メジャー・デビュー作『Magic Touch』は1年間にわたりジャズ・ヒット・チャートの首位を独走し、「ジャズ・ギターの革命児」として評価を不動のものとした。現在もギターの可能性をストイックに追求し、常に革新的なサウンドに取り組み続けている。 スタンリー・ジョーダン オフィシャルホームページ<http://www.stanleyjordan.com/> |
1999年メルボルンのミュージック・シーンに登場して以来,、The Shuffle Club は「最近耳にした最高のスウィング・バンド」しての評判を得ている。
Ashley Gaudion
Rodney Gilbert
Paul Griska バンドの鼓動として、Paul はベースに華麗なアプローチをみせ、クリエイティブでメロディアスな質感と、リズミカルで躍動感溢れるベースラインを紡ぎ出す。数多くの様々なジャンルに根ざし、Paul はメルボルンが誇る最も多彩で情熱溢れるベースプレーヤーだ。
Dannie Bourne
シャッフルクラブ オフィシャルホームページ<http://www.theshuffleclub.com> |
|||||
「オリジナリティと創意に満ちた編曲とコンセプトだ。」ブルース・フォーマン(g)
UCLA コンテンポラリー・ジャズ・ラージ・アンサンブルを評して、国際的にも知られているキーボード奏者ジョージ・デュークは
「既成の音楽の境界に挑戦し、超えることができる若いミュージシャン達だ。」と語った。
アンサンブルは、多少実験的な楽器編成になっている。デューク・エリントン・オーケストラと同じサイズのホーンセクションを基本に、リズム・セクションはハモンドB-3、ピアノ、エレキベース、ギター、ハープ、ドラムセット2台、その他様々な通常以外のパーカッションも使用している。 2007年にはモントレー・ジャズ・フェスティバルにおいて、世界中から応募した大学のジャズバンドの中から、ファイなりストの6つのバンドのひとつとして残り演奏した。 UCLA、UC Berkeley、Monterey Jazz Festivalなどのフェスティバルイベント、また The Jazz Bakeryのようなライブハウスで演奏するだけでなく、各地の高校を訪れ演奏活動もしている。新しい音楽や、それに対する考え方を多くの人たちと共有することを活動目的としている。 バンドメンバーは、すべてカリフォルニア、特にロサンジェルス、サンフランシスコ・ベイエリア出身。多くのメンバーはすでにミュージシャンとして米国内で活動をしている。 リーダーでトロンボーン奏者のニック・デピーナはUCLAを民族音楽部・ジャズ科と音楽部作曲家のダブル専攻で卒業し、現在は大学院で作曲を選考中。 同じくリーダーでサックス担当の大羽ひとみも、UCLAジャズ科の卒業生で、現在は大学院で作曲を選考中、ダウンビート・スチューデント作曲賞、NFAAの作曲賞を受賞。最近では2007年モントレー・ジャズ・フェスティバルネクスト・ジェネレーション・コンペティションにおいてソロイスト賞を受賞。初のソロアルバム「ファースト・フライト」(M&I)が日本で2007年夏にリリースされている。 |
||||||